ふと、たまに全てが嫌になることは誰にでもある。
生きることは、楽しい事より苦しい事の方が多いとブッタは説いたが、嘘でもいいから「人生基本楽勝」とか、あほっぽい顔で言ってほしかったなぁ。
四苦八苦は、物事がうまくいかないと言うニュアンスで使われるが、元々仏教の教えで、4つの苦しみ(生・老・病・死)と、更に4つの苦が加わり(*1愛別離苦・*2怨憎会苦・*3求不得苦・*4五蘊取蘊)8苦になる。
生きてるだけでこんなに苦しいなんて・・・と思うとゾッとする。
でも、人はひょんなことで『生きる』ことに喜びや感動を覚えるのである。
そして、愛する人たち(愛犬も含め)が、今日も生きていてくれるだけで、わりと幸せだったりする。
私は、イランの映画監督であるアッバス・キアロスタミが大好きだ。
それは、ドキュメンタリー映画を観ているみたいに、自然でどこか懐かしい雰囲気があるからである。
キアロスタミ監督の『友だちのうちはどこ?』は可愛くてたまらない映画であるが、今回はそれではない。
『桜桃の味』
『桜桃の味』は1997年のイラン映画で、監督・脚本・制作はアッバス・キアロスタミである。
主人公は、死んだ目をした中年の男である。
金を払うから、自分の自殺に協力してほしいと、様々な人に声を掛ける困ったちゃんの男の話である。
人は、どーでもいいような事で絶望を感じる。
同時にどーでもいいような事で希望を見つけ出す。
死んだ目の男が、沈みゆく夕日を眺めていると、一瞬目に精気を取り戻す。
正直、何の変哲もない夕日である。街並みも含めて、絶景というわけでもないが、男からすると、生きる事に値する景色だったのであろう。
キルケゴール著『死に至る病』では、絶望は人間だけが患う病気としている。
確かにそうなのである。私の愛犬2匹は、毎日食べて、寝て、可愛がられて、遊んだり散歩したり、おやつを食べたりしている。絶望顔は、見たことはない。旦那様と私の出勤時は、ちょいすねた顔をしているが、概ね機嫌が良い。
人は、おおくの悩みや絶望を抱え、複雑に物事を考える。
もっとシンプルで単純であれば、頭の悪い私も生きやすいのに。